2026年8月15日(土)
かつて同じ会社で勤めていた友人3人と共に、東京国立博物館を訪れた。
当初は8月14日(金)の訪問を予定していたが、
前日13日(木)の「令和8年8月千葉豪雨」の影響を考慮し、15日(土)へ延期した。
見学を終えて上野公園を移動していると細かい霧雨に見舞われた。
そこで上野駅に入場券で入り、公園口から不忍口まで構内を通って雨を避けて移動した。
その後、御徒町の居酒屋に入り、ビールやウイスキーオンザロックを傾けながら昼食を楽しんだ。
なお、今回の電車移動では拝島から東京までグリーン車を利用した。
静かで実に快適な道中であった。
東京国立博物館では、特別展「空海と真言の名宝」と「ビフォー縄文」が開催されていた。
チケットはT氏が音声ガイド付きのものを事前手配してくれていた。
あらかじめ空海や後七日御修法(ごしちにちのみしほ)について下調べをしておいたため、
音声ガイドの解説も実にスムーズに理解できた。
「ビフォー縄文」では主に岩宿遺跡(後期旧石器時代約3万5千年前)の展示のほか、
インド(約150万〜20万年前)やフランス(約45万〜35万年前)の前期旧石器時代の石器なども並んでおり、見ごたえがあった。
弘法大師生誕1250年記念特別展
空海の十大弟子の一人である真如親王が生前の空海を描いたとされる肖像画
(弘法大師御影 / 真如親王筆御影)を基にした肖像画(真如親王様式)
初期密教彫刻の代表作・現存最古の五智如来坐像
後期旧石器時代・BC2万3千年 岩宿遺跡採集石器(相澤忠洋資料)
岩宿遺跡発掘のきっかけとなった槍先形尖頭器
「関東ローム層(旧石器時代)には遺跡も人間も存在しない」というのが当時の学界の通説・定説であった。岩宿遺跡の発掘成功は、関東ローム層(無土器・無人類の地層)という当時の学術的常識を完全に覆し、日本列島にも旧石器時代が存在したことを証明した歴史的転換点となった。
アシュール文化の大型打製石器
当時の直立猿人(ホモ・エレクトスなど)の高度な石器製作技術を示す重要な遺物である。
日程
秋川駅7:55・・8:05拝島駅8:17・・(青梅特快グリーン車4号車)・・9:10神田駅9:16・・9:22
上野駅9:24~~9:37東京国立博物館13:00~~上野駅構内(小雨)~~13:30御徒町(一軒め酒場)14:53~~上野駅・・東京駅15:29・・(青梅特快グリーン車5号車)・・16:22拝島駅16:26・・16:34秋川駅
上野駅9:24~~9:37東京国立博物館13:00~~上野駅構内(小雨)~~13:30御徒町(一軒め酒場)14:53~~上野駅・・東京駅15:29・・(青梅特快グリーン車5号車)・・16:22拝島駅16:26・・16:34秋川駅
費用 約9,057円
JR運賃(秋川ー上野往復)2,160、グリーンチケット(往復)1,500円、上野駅入場券160円
東京国立博物館入館料(音声ガイド付き空海と真言の名宝)2.700円
一軒め酒場昼食代7,612円/3人(1人当たり2,537円)
曇り空で雨がやんでいる
料金の違い(Suica vs 通常料金)
営業キロ Suicaグリーン料金(おトク) 通常料金(紙のきっぷ・車内購入)
50kmまで(例:東京~立川・八王子など) 750円 1,010円(+260円)
51km~100kmまで(例:東京~大月など) 1,000円 1,260円(+260円)
中野駅前 中野サンプラザ 8:53
2023年7月の閉館以降、中野サンプラザは建物の解体・再開発に向けた計画が進行中だが、建設資材や人件費の高騰に伴い大幅な計画変更を余儀なくされている。
当初予想の1,810億円から3,500億円超へ激増し、採算性の面で折り合いがつかなくなり、基本協定が解除(白紙化)された。
雲が多いが青空も見える。
東京文化会館は、全面的な設備機器更新等の大規模改修工事に伴い全館休館中。
休館期間: 2026年5月7日 〜 2028年度中(予定)
東京国立博物館 9:37
空海と真言の名宝・ビフォー縄文 特別展
弘法大師生誕1250年記念特別展パンフレット2
「空海と真言の名宝」
弘法大師生誕1250年記念特別展パンフレット3
弘法大師生誕1250年記念特別展パンフレット4
東京国立博物館 空海と真言の名宝 弘法大師生誕1250年記念特別展
(一部を除いて撮影禁止)
アイエム[インターネットミュージアム]Internet Museum
特別展「空海と真言の名宝」東京国立博物館 りょう太の冒険
あおひと君by関根かんじ
後七日御修法(ごしちにちみしほ)
承和2年(835年)、弘法大師(空海)の奏上によって始められた宮中儀式が起源。
平安時代、宮中では正月1日〜7日(前七日)に神事を行い、それに続く1月8日〜14日の7日間(後七日)に仏事を行った。この「後七日」に執り行う加持祈祷が「後七日御修法」である。
目的は、天皇の平安(玉体安穏)、国家安泰、五穀豊穣、世界平和を祈願する。
目的は、天皇の平安(玉体安穏)、国家安泰、五穀豊穣、世界平和を祈願する。
明治維新により一時中断されたが、現在は京都の東寺(教王護国寺)の灌頂院を道場として復興されている。
毎年、天皇陛下の御衣(おんぞ)をお預かりし、真言宗各派の大阿闍梨や高僧15名が集結して厳修される。
儀式自体は絶対非公開の秘儀であるが、最終日(結願日:1月14日)には修法直後の道場に入り参拝できる「後拝み(あとおがみ)」が行われる。
金剛界曼荼羅と胎蔵生曼荼羅を毎年交代で本尊として掲げ、祈祷が捧げられる。
儀式自体は絶対非公開の秘儀であるが、最終日(結願日:1月14日)には修法直後の道場に入り参拝できる「後拝み(あとおがみ)」が行われる。
金剛界曼荼羅と胎蔵生曼荼羅を毎年交代で本尊として掲げ、祈祷が捧げられる。
京都新聞
Shinyの京都散策・ドローン空撮音声ガイド MISIAさんが展示会ナビゲーターに就任
空海・弘法大師肖像画
空海の十大弟子の一人である真如親王が生前の空海を描いたとされる肖像画
(弘法大師御影 / 真如親王筆御影)を基にした肖像画(真如親王様式)
国宝 信貴山縁起絵巻
平安時代後期(12世紀)に制作された国宝の絵巻物である。奈良県の信貴山朝護孫子寺に伝わり、高僧・命蓮にまつわる奇跡の説話を描いている。
全3巻(飛倉巻・延喜加持巻・尼公巻) 日本の絵巻物美術における最高峰の一つ。
信貴山縁起絵巻「飛倉巻」
信貴山で修行する命蓮の法力によって、富豪の米倉が空を飛ぶという説話を描いた巻
命蓮は自ら麓へ下りず、法力で飛ばした「托鉢の鉢」を山麓の長者の家へ遣わしお布施を得ていた。ある日、長者が「托鉢の鉢」を校倉造の米倉の中に閉じ込めてしまう。すると「托鉢の鉢」は光を放ち、米倉ごと持ち上げて空へと飛び去り、信貴山の命蓮のもとへ運んでしまった。慌てて追いかけてきた長者が「せめて中の米だけでも返してほしい」と泣きつくと、命蓮は命じて「托鉢の鉢」に米俵を1俵乗せさせた。すると残りの数百俵の米俵も次々と空へ舞い上がり、長者の家まで一列になって飛び戻っていった。
信貴山縁起絵巻「飛倉巻」
信貴山縁起絵巻「延喜加持の巻」
命蓮が遠く離れた信貴山から祈祷を行い、醍醐天皇の重病を平癒させたという奇蹟の物語
命蓮が遠く離れた信貴山から祈祷を行い、醍醐天皇の重病を平癒させたという奇蹟の物語
醍醐天皇が重い病に伏した際、名声を聞きつけた朝廷から使者が遣わされ、命蓮に都へ来て祈祷するよう要請する。命蓮は「都へは行かず、この山から祈祷を捧げる。病が治った証拠として使者を遣わす」と伝える。祈祷を始めて3日後、剣を繋ぎ合わせた衣を纏った精霊「剱鎧童子」が、輪宝を転がしながら雲に乗り、宮中の清涼殿へ飛来する。童子の加持によって帝の病は忽ちに全快した。感激した帝は位階や荘園を贈ろうとするが、命蓮は「無欲の身に土地や位は無用」として固辞した。
信貴山縁起絵巻「延喜加持の巻」撮影可の仏像
木造彩色 平安時代 山梨・放光寺
一面三目六臂の天弓愛染明王
国宝 五智如来坐像 11:32
木造漆箔 平安時代 京都・安祥寺
木造漆箔 平安時代 京都・安祥寺
初期密教彫刻の代表作・現存最古の五智如来坐像
旧石器時代発見80周年特別企画展「ビフォー縄文」
東京国立博物館 平成館企画展示室
後期旧石器時代・約2万3千年前 岩宿遺跡採集石器(相澤忠洋資料)
岩宿遺跡発掘のきっかけとなった槍先形尖頭器
「関東ローム層(旧石器時代)には遺跡も人間も存在しない」というのが当時の学界の通説・定説であった。岩宿遺跡の発掘成功は、関東ローム層(無土器・無人類の地層)という当時の学術的常識を完全に覆し、日本列島にも旧石器時代が存在したことを証明した歴史的転換点となった。
後期旧石器時代・BC35,000年~BC16,000年
岩宿博物館蔵
後期旧石器時代・BC35,000年
明治大学博物館蔵
岩宿遺跡出土石器(掻器)(岩宿Ⅲ石器文化)
後期旧石器時代・BC20,000年
岩宿博物館蔵
後期旧石器時代・BC20,000年
岩宿博物館蔵
岩宿博物館蔵
下記のハンドアックスやクリーヴァーは彼から東京国立博物館に寄贈された。
明治38年(1905)に東京国立博物館に寄贈されたが、
当時、旧石器時代の専門研究家が居なかった為、その重要性が十分に評価されなかった。
ハンドアックス(手斧・両面加工石器) 前期旧石器時代 インド採集
旧石器時代(主に前期〜中期旧石器時代・BC170万年〜BC10万年)を象徴する打製石器
動物の解体や皮なめし、木材の伐採、土堀りなどに用いられた。
直立猿人(ホモ・エレクトス)やホモ・ハイデルベルゲンシスなどによって作られた。
アフリカで生まれ、中東、ヨーロッパ、インド亜大陸(アシュール文化)へと広まった。
アシュール文化の大型打製石器
当時の直立猿人(ホモ・エレクトスなど)の高度な石器製作技術を示す重要な遺物である。
ルヴァロア石核、剥片 ソマリア採集
中期旧石器時代・BC20万年~BC5万年
中期旧石器時代・BC20万年~BC5万年
後期旧石器時代・BC1.1万年~BC1万年
石刃 フランス・ソンム県ベロイ・シュル・ソンム遺跡採集
後期旧石器時代・BC1.1万年~BC1万年
新石器時代・BC7,000年~BC3,000年 中国内蒙古自治区ホロンバイル地方採集
守田俊郎寄贈
東京国立博物館 考古館
隆起線土器 縄文時代草創期・11000年前~7000年前、横浜市花見山遺跡出土
重要文化財 1深鉢形土器 縄文時代早期・7000年前~4000年前、横須賀市夏島貝塚出土
重要文化財 1深鉢形土器 縄文時代早期・7000年前~4000年前、横須賀市夏島貝塚出土
縄文時代前期(4000年前~3000年前)の土器(円筒土器)
1深鉢形土器 青森県つるが市石神遺跡出土
2深鉢形土器 青森県八戸市是川字一王子出土
3深鉢形土器 縄文時代前期前葉 新潟市布目出土
4深鉢形土器 横浜市折本貝塚出土、 5鉢形土器 横浜市港北区下田町出土
1深鉢形土器、2深鉢形土器、3深鉢形土器 栃木県大田原市西小学校遺跡出土
7深鉢形土器 千葉県市川市姥山貝塚出土
1深鉢形土器 東京都板橋区小豆沢貝塚出土、2深鉢形土器 三鷹市井之頭2丁目丸山出土、
3深鉢形土器 東京都板橋区小豆沢貝塚出土、4深鉢形土器 東京都板橋区小豆沢貝塚出土、
5深鉢形土器 東京都品川区大井権現台貝塚出土、 6深鉢形土器 栃木県石岡市関川出土、
7鉢形土器 栃木県稲敷市福田貝塚出土、 8鉢形土器 茨城県利根町立木貝塚出土、
9浅鉢形土器 茨城県稲敷郡美浦村 陸平貝塚出土
縄文時代後期(2000年前~1000年前)の土器
2深鉢形土器 三鷹市井之頭2丁目丸山出土、3深鉢形土器 東京都板橋区小豆沢貝塚出土、4深鉢形土器 東京都板橋区小豆沢貝塚出土、5深鉢形土器 東京都品川区大井権現台貝塚出土、 8鉢形土器 茨城県利根町立木貝塚出土、9浅鉢形土器 茨城県稲敷郡美浦村 陸平貝塚出土、10壺形土器 茨城県稲敷市権塚貝塚出土、11注口土器 東京都板橋区小豆沢貝塚出土
3台付浅鉢形土器 青森県つがる市木造亀ヶ岡出土、4鉢形土器 青森県出土、
5異形浅鉢形土器 青森県つがる市森田町床舞遺跡、6壺形土器 つがる市森田町床舞遺跡、
7壺形土器 青森県つがる市木造亀ヶ岡出土、8注口土器 青森県弘前市出土、
9異形台付土器 青森県つがる市森田町床舞遺跡
壺型土器・台付深鉢形土器 北海道室蘭市絵鞆町出土
鉢形土器 北海道江別市いずみ町出土、深鉢形土器 北海道泊村東通遺跡出土、
深鉢形土器 北海道室蘭市祝津町出土、注口土器 北海道札幌市北海道大学構内出土
縄文時代、続縄文時代、オホーツク文化、トビニタイ文化、擦文文化
縄文時代前期(4000年前~3000年前)
東北地方の日本海側に主に分布する地域色の強い石器
東北地方の日本海側に主に分布する地域色の強い石器
威信財(いしんざい)としての意味を備えていたと考えられている。
縄文時代後期から晩期(東日本を中心に発達)にかけて作られた代表的な第二種道具(祭祀・精神的な道具)の一つ。昔の王冠や帽子の形に似ていることから「石冠」と名付けられた。
主に安山岩や石英斑岩などの硬い石材を加工し、表面を念入りに磨き上げて滑らかに仕上げている(磨製石器)。
石棒や石剣と同様に、男根を抽象化・造形化したものと考えられている。
女性を模した「土偶」と対をなす存在として、生命の再生や子孫繁栄、収穫の安全を祈る儀式で用いられたと推測されている。
居住スペースの特別な場所や、墓地に設置されたストーンサークル(配石遺構)の周辺から出土することが多く、集落や族長にとって重要な意味を持つ道具であった。
3. 東京国立博物館での見どころ
3. 東京国立博物館での見どころ
弥生時代後期(1~3世紀) 滋賀県野洲市大岩山遺跡出土
国内で発見された中で最大級を誇る銅鐸、突線鈕式銅鐸
国内で発見された中で最大級を誇る銅鐸、突線鈕式銅鐸
鳴らして音を「聞く銅鐸」から祭祀などで掲げて権威を示す「見る銅鐸」へ移行した時代の代表例とされている。