2023年10月7日(土)晴れ
同期入社の3人で東京都埋蔵文化財センターと遺跡庭園「縄文の村」を訪ねた。
その後、昭島モリタウンのサイゼリアでワイン付きイタリア料理で懇談会をした。
立川南駅から多摩センター駅まで多摩モノレールで行った。
高架を走る電車から富士山3776mや奥多摩山域の大岳山1266m、御前山1405m、
三頭山1531m、御岳山929mなどが見えた。
縄文の村は、多摩ニュータウンNo.57遺跡のうち集落があった範囲を庭園として整備した。
3棟の竪穴住居や縄文の森、湧水跡が再現されている。
当日は、竪穴住居で防虫・防腐を兼ねて火焚きが行われていた。
遺跡庭園「縄文の村」内に縄文時代中期を中心とした時代の多摩地域に自生していたと
考えられる植物を選び、「縄文の森」を再現している。
縄文の村では、飛び入りで「遺跡庭園縄文の村2023秋 自然観察会」に参加した。
説明員は、植物の専門家パルテノン多摩学芸員の仙仁径氏と東京都埋蔵文化財センターの
学芸員2名であった。植物学と考古学の双方から遺跡庭園の植物の観察をした。
タマノカンアオイやウバユリ、ガマズミ、オニグルミ、クリなど40種+αの説明があった。
多摩ニュータウン(稲城・多摩・八王子・町田)では964ヵ所の遺跡が発見されている。
東京都埋蔵文化財センターでは、1966年(昭和41年)から40年間かけて770ヵ所の遺跡を
発掘調査してきた。東京都埋蔵文化財センターは、丘陵人(おかびと)たちの宝箱である。
東京都埋蔵文化財センターは、東京都全域の発掘調査を行うが、
多摩ニュータウン遺跡の発掘品の調査、保管、展示、埋蔵文化財に関する普及・啓発を
行っている。東京都埋蔵文化財センターの組織と事業は、令和5年7月1日付で
公益財団法人東京都教育支援機構に移管された。
~遺跡から見た多摩丘陵の歴史~
多摩ニュータウンのヴィーナス
No.471遺跡(稲城市若葉台)縄文時代中期前半
2009年大英博物館にて「土偶 The Power of the DOGU」でも展示された。
人面装飾付き吊手土器
No.72遺跡(八王子市堀之内)縄文時代中期後半
ランプとして用いられたとの説がある。
丘陵人(おかびと)の肖像
No.72遺跡(八王子市堀之内)縄文時代中期前半
有孔鍔付き土器の装飾として貼り付けられた。
日本最古の仮面状土製品
2023年10月7日(土)
駅前の5本の桜は、老木化と菌糸による腐朽により倒木の危険性があるので伐採
あきる野市都市整備部管理課管理係 株式会社秋川緑化
奥多摩山域 大岳山 10:15
京王相模線多摩センター駅
サンリオキャラクターをモチーフにした大規模な屋内型テーマパーク \3,900
都指定史跡 多摩ニュータウンNo.57遺跡
A:敷石住宅、B:前期前半の竪穴住所、C:中期後半の竪穴住居、D:竪穴住居の模型
E:湧水跡、AとBとCの間:縄文の森
八王子市堀之内のNo.796遺跡で発見された住居を移築
飛び入りで「自然観察会」に参加した。
江戸時代から続く農家の生活用水として最近まで使われていた。
地面に見える小さな穴はセミの抜けた跡
1931年に牧野富太郎が新種として発表した。
発掘調査時の位置に復元した。棟の上に屋根が浮き上がらないように土が盛ってある。
説明員:植物の専門家パルテノン多摩学芸員の仙仁径氏
甘い味がする。赤く熟した果実は食用や発酵酒に使う。
縄文土器の中にガマズミの種とショウジョウバエが入っていたことで
発酵酒を造っていただろうと推定される。
説明員・植物の専門家パルテノン多摩学芸員の仙仁径氏
どんぐりと一緒に枝と葉が落下傘のようにゆっくりと落ちて衝撃を和らげている。
ハイイロチョッキリが丈夫なあごで枝を切り落とす。
産卵から切り落としまで約3時間かかる。この写真ではどんぐりが外れている。
NHK for Schoolより
縄文時代中期後半の竪穴住居(約4,500年前) 11:33
縄文時代前期前半の竪穴住居(約6,500年前) 11:33
発掘調査時の位置に復元した。棟の上に屋根が浮き上がらないように土が盛ってある。
種が流されていくので川沿いに生育している。
縄文時代には、クルミの実を石で割った痕跡が残っている
ヤブマメはふつうの花の他に地上に閉鎖花(へいさいか)を持ち、
地中にも閉鎖花を持つという3通りの特殊な繁殖力を備えている。
開放花・・・通常の花。受粉媒介者の行動を借りて受粉し、遺伝子を交換する花。
閉鎖花・・・花冠の一部または全体が開かず、同一個体内で自家受粉する花。
地下の閉鎖花・・・地下で咲く閉鎖花。
節は隆起が少なく、節間が長いので矢を作るのに適している。
矢の材料になるので武士の家に植えられていた。
アカソ(イラクサ科カラムシ属)赤麻の説明 11:48
茎から繊維をとって糸をつくっていた。
糸の繊維がとれる植物
果実は紫色で美しい、日本各地の林などに自生している。
果実には発芽禁止物質が付いていて、鳥に食べられ砂袋で種の周りの発芽禁止物質が
取り除かれ、糞として排出されるので、生えている場所ではない、遠いところで発芽する。
園芸品種の多くはコムラサキ(クマツヅラ科ムラサキシキブ属)である。
日本原産のスミレ科の植物、閉鎖花を持つ。
花被片は6個、副花冠 はあるものと無いものがある。
雄しべは6個、花被ののど部又は花被片の基部につく。
縄文時代より栗の選別育成は行われていた。大きな栗の実がなる木を選別した。
竪穴住居の木材の多くは栗が使用されていた。
菌類に寄生して生活する菌従属栄養植物、菌から栄養をもらって育つ。
和名は初めて発見された神戸市の摩耶山に由来する。
レッドリスト絶滅危惧Ⅱ類 (VU)(環境省レッドリスト)
小田急マルシェ多摩センター
「名代 箱根そば 多摩センター東口店」にて昼食
かき揚げそば \500
かき揚げそば \500
小田急多摩センター駅前 12:53
パルテノン多摩、パルテノン多摩ミュージアム、多摩市立複合文化施設、多摩市立中央公園
東京都埋蔵文化財センター
東京都埋蔵文化財センターの特別収納庫
多摩ニュータウン(稲城・多摩・八王子・町田)では964ヵ所の遺跡が発見されている。
多摩丘陵の縄文人たちは、おとし穴を掘ってシカやイノシシを獲っていた。
多摩ニュータウン地域では1万5千基以上のおとし穴が発掘されている。
富士山の活動により約3万年~1万年前の間に立川ローム層と呼ばれる赤土が
関東地方に降り積もった。多摩丘陵では暑さが4mもある。
この層の中頃に2.8万年前位に噴火した姶良丹沢火山灰も発見され、
遺跡の年代を決める手掛かりになった。
縄文時代中期前半 多摩ニュータウンNo.471(稲城市若葉台)遺跡出土
縄文時代中期後半 多摩ニュータウンNo.72遺跡出土
多摩ニュータウン No.471・72・245遺跡
①撚糸、②無節縄文、③単節縄文、④複節縄文
縄文時代後期前半は、配石遺構などが見るかるが、
縄文時代後期後半は、人々はこの丘陵からいっせいに姿を消した。
米作りがはじまった。
古墳時代前期
列島各地に前方後円墳が出現した。
台頭する新興勢力
窯業生産と丘陵開発の進展
自立する村と経塚の出現
東国武士団の駆ける丘陵
江戸と共に生きる村々
2号遺構 土玉、カワラケ
原町西遺跡(文京区白山)江戸時代
祈りを丸めた玉 土玉、カワラケ
尾張藩上屋敷の暮らし
尾張藩上屋敷跡から出土した陶磁器
尾張藩上屋敷の暮らし
尾張藩上屋敷跡から出土した陶磁器
汐留遺跡2 打ち割られた仙台藩の宴席用食器 江戸時代後期
仙台藩伊達家上屋敷の地下室から出土
多摩ニュータウン遺跡
多摩ニュータウン(稲城・多摩・八王子・町田)では964ヵ所の遺跡が発見されている。
ここから約3万点の土器と千三百点余りの石器、装飾品、焼成粘土塊などが出土した。
時代:縄文時代、古墳時代、近世
地崩れ層に覆われてため縄文時代前期約6000年前の墓場とそれを取り巻く
大量に廃棄された土器・石器などが極めて良好な状態で残されていた。
阿玉台式土器
No.72遺跡では、縄文時代の竪穴住居跡が270棟以上見つかった。
古墳時代、関東最大級の集落
多摩センター駅ー(多摩モノレール)ー立川南駅・・立川駅ー(JR青梅線)ー昭島駅
昭島モリタウン 14:51
イタリアの家庭料理&生ビール3杯、ワイン1000cc
イカ墨スパゲッティ、プチフォッカ付きエスカルゴ、小エビのサラダ、
ミネストローネスープ、半熟卵付きグリーンピース、辛味チキン、ほうれん草のソテーなど
合計4,400円/3人 1人約1,500円
昭島駅17:03ー(JR青梅線)ー17:06拝島駅17:09ー(JR武蔵五日市線)ー17:17秋川駅
秋川駅南口と東横イン 17:20
10月7日午前9時半ごろ伐採された桜の老木
帰宅17:35