2026年8月29日(土)
雨天のため暑さが和らぎ、涼しさを感じる朝となった。
この日は3人組で、東京都埋蔵文化財センターの企画展「多摩の遺跡たち」を訪問した。
会場では、前田耕地遺跡から出土した実物の石器やサケに関する資料などを見学し、
久しぶりに敷地内の遺跡庭園「縄文の村」を散策した。
昼食は「天丼てんや 多摩センター店」で天ぷらそばを堪能した。
食後は多摩ふるさと資料館へ移動し、
多摩ニュータウン周辺の遺跡から掘り出された縄文土器を観賞した。
一通りの見学を終えた後、定例会合として「和幸 イオンモール日の出店」に立ち寄り、
飲食をしながら歓談を楽しんだ。
行程
自宅9:00・・Su氏宅9:05・・Se氏宅9:20・・10:34東京都埋蔵文化センター11:30・・11:32遺跡庭園「縄文の村」11:56・・12:07天丼てんや多摩センター店(昼食)12:45・・12:55東京都埋蔵文化センター(駐車場)12:55・・13:03多摩ふるさと資料館13:44・・15:13和幸イオンモール日の出店16:43・・16:48公正屋あきる野引田店16:58・・Su氏宅17:08・・17:12自宅
費用 :10,172円/3人(6,473円/1人)
交通費(ガソリン代):76.5km÷18km/l*165円≒702円/3人
天丼てんや多摩センター店(昼食):3,000円/3人
和幸イオンモール日の出店(夕食+ビール):6,470円/3人
2026年8月29日(土)
(併)東京都立埋蔵文化材調査センター
東京都埋蔵文化財センター駐車場 10:34
東京都立埋蔵文化材調査センター(施設名)
東京都が設置している公的施設(建物・設備)の名称。
多摩ニュータウンをはじめとする都内の出土品を収蔵・展示するために昭和60年(1985年)にオープンした。
東京都埋蔵文化財センター(組織名・通称)
施設の運営や発掘調査業務を担当する組織(旧・財団法人東京都埋蔵文化財センター、
現・公益財団法人東京都教育支援機構)およびその事業自体の名称。
看板や広報・公式Webサイトでは、
実質的な事業・運営主体である「東京都埋蔵文化財センター」と表記されている。
一方で、東京都の条例や行政上の施設一覧などの公的文書では、
都立施設としての正式名である「東京都立埋蔵文化財調査センター」と表記される。
浅鉢 縄文時代中期前葉(約5,000年前)平山遺跡出土
混和剤に雲母が多く含まれている。
縄文時代中期から晩期の馬蹄形貝塚の剥ぎ取り標本資料
ヤマトシジミ、縄文土器、ハマグリ
縄文時代中期前半 No.471遺跡(稲城市若葉台)出土
令和8年度企画展示
1. 土屋塚古墳 狛江市 古墳時代(5世紀中葉)
2. 四軒在家遺跡 国立市 古墳時代(7世紀前~中葉)
3. 下宿内山遺跡 清瀬市 江戸時代中期(18世紀中~後半頃)
4. 八王子城址 八王子市 室町時代(1580年代半ば~1590年落城)
5. 武蔵国分寺関連遺跡 府中市 奈良時代~平安時代
6. 綾部原遺跡 町田市 弥生時代前期末~中期初頭 再葬墓
7. 武蔵台遺跡 府中市 旧石器時代(約35,000-36,000年前)
8. 前田耕地遺跡 あきる野市 跡縄文時代草創期(約15,000年前)
9. 滑坂遺跡 八王子市 縄文時代中期(約5,500-4,500年前) 集落遺跡
10. なすな遺跡 町田市 縄文時代後晩期 縄文時代草創期~平安時代 複合遺跡
多摩地域の基本情報
北多摩地域(17市)、南多摩地域(5市)、西多摩地域(4市3町1村)
人口:4,284,504人 令和8年(2026年)7月1日現在、地域内の遺跡数:3,967遺跡
なすな遺跡の土器 町田市 縄文時代後晩期
円筒埴輪(畿内・上毛野と同じ技法が用いられている)
土屋塚古墳(帆立貝形古墳)出土
左:琥珀製棗玉、中央:ガラス製丸玉・小玉、
右:国立市指定有形文化財 銅製耳環(金メッキ施行)
1580年代半ば築城、1590年落城
縄文時代草創期
石器(尖頭器関係接合資料、削器、衝撃剥離痕のある尖頭器、石斧、掻器、土器片など)
前田耕地遺跡では鮭の歯が大量に出土した。
鮭の遡上する秋から冬にかけて集中的に漁獲し、
頭を落とした上で身は外に持ち出したと考えられる。
常設展示
立川ローム土層から旧石器時代の石器や礫群が見つかっている。
八王子市寺沢地区の遺跡では、600基以上の見つかっている。
多摩ニュータウン地域では、これまでに1万5千基以上発掘されている。
多摩ニュータウン遺跡の土偶(背面人体文土偶) 縄文時代中期後半
上段:東京都指定有形文化財①~⑤土偶 稲城市若葉台No.9遺跡出土
上段:東京都指定有形文化財①~⑤土偶 稲城市若葉台No.9遺跡出土
縄文時代後期後半になると人々はこの丘陵からいっせいに姿を消した。
多摩丘陵に戻ってきたのは弥生時代中期、方形周溝墓もつくられたが数は多くない。
町田市小山ヶ丘No.345遺跡出土
町田市小山ヶ丘No.200遺跡出土
打ち割られた仙台藩の宴会用食器
遺跡庭園 縄文の村にて 11:32
敷石住居 縄文時代中期終末(約4,200年前) 11:33東京都埋蔵文化財センター 11:59
KITAKAIさんぽ館
多摩モノレール多摩センター駅
「埋蔵文化財 縄文時代から古代までの歴史を知る」
縄文時代の土器
向ヶ丘遺跡
主に縄文時代(中期〜晩期)・弥生時代・古墳時代の遺跡。
東名高速道路の建設工事に伴う事前調査(1965〜1966年)などで発掘された。
中心となるのは縄文時代晩期の遺構や遺物で、竪穴建物跡や配石遺構、各種土器・石器などが確認されている。
主に縄文時代(中期〜晩期)・弥生時代・古墳時代の遺跡。
東名高速道路の建設工事に伴う事前調査(1965〜1966年)などで発掘された。
中心となるのは縄文時代晩期の遺構や遺物で、竪穴建物跡や配石遺構、各種土器・石器などが確認されている。
また、周辺の向ヶ丘丘陵一帯には弥生時代の環濠集落跡や、終末期古墳(根岸古墳群など)も点在している。
縄文時代の土器 深鉢形土器 和田・百草遺跡出土
和田・百草遺跡
主に縄文時代(特に中期〜後期)を中心とした遺跡。
旧石器時代から近世・近代にかけての遺物も発見されている複合遺跡でもある。
縄文時代中期の竪穴建物跡、柄鏡形竪穴建物跡、敷石建物跡のほか、
特に関東地方の縄文時代中期を代表する土器型式の一つである「勝坂式土器」や
「加曽利E式土器」、石斧・石鏃・土偶などが多量に出土したことで知られている。
多摩ニュータウン開発に伴う発掘調査において、
多摩丘陵における縄文時代の拠点集落の一つとして重要な知見をもたらした。
縄文時代の土器 深鉢形土器
深鉢形土器(勝坂Ⅲ式) 縄文時代中期(約5000年前) 向ヶ丘遺跡出土
国分寺市多喜窪遺跡から出土した縄文中期勝坂式末期の一括土器(国重要文化財)の中に多喜窪タイプと呼ばれる豪華な土器があり、この土器と共通する。
深鉢形土器(勝坂Ⅲ式) 縄文時代中期(約5000年前) 向ヶ丘遺跡出土https://adeac.jp/lib-city-tama/catalog/mp000040-200010
深鉢形土器(勝坂Ⅲ式) 縄文時代中期(約5100年前)和田・百草遺跡出土
平成26年7月から9月にかけて実施した多摩第二小学校校舎建替に伴う発掘調査で出土。多摩第二小学校内の校庭中央の住居跡から出土した。
平成26年7月から9月にかけて実施した多摩第二小学校校舎建替に伴う発掘調査で出土。多摩第二小学校内の校庭中央の住居跡から出土した。
非常に高さのある突起が特徴で、上部全体に力強い楕円状の隆線、
平行沈線や縦位押引文など、色々な線や形で工夫されている。
下部にも細かな斜線が施されている。
縄文時代の精神文化の道具 石器、土偶、石剣、土製品古墳時代の土器
落合・一の宮遺跡
古墳時代末期(4世紀末〜5世紀初頭)から中世(14世紀初頭)にかけての古代〜中世集落群
右:土師器
古墳時代前期(約1,700年前) 和田・百草遺跡出土
和田・百草遺跡
主に縄文時代(特に中期〜後期)を中心とした遺跡。
旧石器時代から近世・近代にかけての遺物も発見されている複合遺跡
土師器 古墳時代
壺 土師器
古墳時代前期(約1,700年前) 和田・百草遺跡出土
和幸イオンモール日の出店16:43・・16:48公正屋あきる野引田店16:58・・Su氏宅17:08・・17:12自宅