2012年7月13日金曜日

悠久のシルクロードベストハイライト8日間

旅物語(JTB旅の通信販売)
悠久のシルクロードベストハイライト8日間 (P330-85)
出発日:2012年6月  8日(金曜日) 集合時間: 15:00(成田空港第2ターミナル)
帰着日:2012年6月15日(金曜日) 解散時刻: 16:00(成田空港第2ターミナル) 帰宅20:30


申し込み日:2012年1月16日(月曜日)インターネット申し込み
申し込み人数:4名(SE氏、SU氏、MA氏、SA)  
旅行代金:172,320円(旅行代金、成田空港施設使用料金、現地空港諸税、燃料サーチャージ)
参加人員:17名 JTB添乗員:永石氏
三井住友海上火災保険:3,000万円補償 3,710円/リピート割引

航空旅程表
出発/到着日時         都市(ターミナル)     航空会社/便名/クラス  
08Jun17:00/08Jun23:20   成田/上海・西安    中国東方航空/MU522/V
10Jun10:55/10Jun13:15        西安/ウルムチ     海南航空        /HU7670/X
14Jun15:00/14Jun16:50        嘉峪関/西安       上海航空        /FM9202/K
15Jun08:00/15Jun16:00   西安・上海/成田    中国東方航空/MU521/V

中国東方航空/MU522
バス・鉄道旅程表
11Jun  バス ウルムチ   (約200km、約3時間)    トルファン
11Jun   列車  トルファン (約690km、約8時間30分) 柳園
12Jun バス 柳園         (約128km、約2時間)    敦煌
13Jun   バス 敦煌         (約380km、約5時間)    嘉峪関

シルクロード交通マップ

両替: ホテル13円~14円/元 (旅行会社ガイド 7,000円で500元) 
外国為替12.41円/元(2011.07.13)

感想
とても楽しい興味ある旅行だった。
しかし古希に近い歳には沙漠の温度差(昼44度、夜15度)や深夜到着、夜行列車、早朝出発、飲み過ぎ等あり少し厳しかった。

中国の都市は西安市にしろウルムチ、トルファン、敦煌、嘉峪関とも建設ラッシュでどこへ行っても新宿並み高層ビルが建っている。

西安市 ビル建設中

西安市街
トルファン市 ビル建設中
 
新疆ウイグル自治区
ウルムチ市(烏魯木斉市)

高速道路建設中(ウルムチ・トルファン間)

そして砂漠の中に無数の風力発電装置や太陽電池が設置されていたのには、とても驚いた。
グーグルマップの航空写真を見ても沙漠に大量な風力発電装置が見られる。
風力発電群 ウイグル市
 太陽電池パネル住宅 トルファン市

沙漠に太陽電池パネル群 敦煌市

また、砂漠の中に石油掘削井戸や製鉄所、火力発電所があり凄い開発ラッシュである。
石油掘削井戸
石油掘削井戸
遺跡観光地は、とても整備されていて約10年前に訪れた人の話を聞くと雲泥の差だと言う。
現在のトイレは個室で水洗、嘗ては隣り合い、臭い、または屋外で用足しと言う。
有料高速道路には、サービスエリアがあり、ガソリンスタンド、水洗トイレ、コンビニがある。
トルファン 高速道路サービスエリア

タイヤが22本もあるような超ロングトレーラーが物資を積んでたくさん走っている。
中国が稼いだお金を大量に国内投資に廻しているように感じる。

当然だがどの町に行っても昼食、夕食は中華料理であった。
日本人向けに合わせてあるのか美味しかった。


西安にて夕食(餃子宴)

トルファンにて昼食
敦煌にて昼食
地元ビールを注文(ウルムチ)

西安にて夕食 火鍋料理(しゃぶしゃぶ料理)

 朝食はホテルのバイキング料理で好きなものが食べられた。
 西安市皇城豪門酒店 朝食

旅行後半、嘉峪関市の屋台で食べたシシカバブーは、
食あたりをちょっと気にして食べたがとても美味しかった。
嘉峪関市の屋台にて串焼肉を食べる

敦煌・莫高窟も高昌故城も西安の城壁も兵馬俑も万里の長城も規模の大きさと国家・民族興亡の歴史に驚かされる。
まだシルクロードの河西廻廊の半分も旅行していないので、天山南路や天山北路、西域南道、
そしてカシュガルから中央アジアを通りイスタンブール、
カシュガルからパキスタンに抜けてインドまで行ってみたい。
東西交流の歴史や仏教伝来についても知りたいことが多い。
現地の人と遺跡の仏像や菩薩の顔つきがどのように変わるか見てみたい。


西安から日本に帰国する飛行機にあった「世界新聞」西安晩報の記事に小沢一郎氏の離婚と田中美絵子氏(民主党議員・小沢一郎氏の美女弟子)と国土交通省官僚との不倫疑惑の記事が載っているのにびっくりした。
「週刊文春」「週刊新潮」に載っていたが日本の著名新聞記事ではほとんど見かけなかった。

「世界新聞」西安晩報2012年6月15日付け新聞記事


購入土産品
トルファンの干しブドウ (とても甘く美味しい)
最高級品500g:150元(約2,000円) 「100g:約400円」

トルファン駅の玉石ストラップ

上海空港にて小さなクルミの実(美味しい)
75元(約1,000円)
上海空港にてパンダストラップ
パンダの枕(西安ラテックス店にて)

2012年6月9日(土曜日) 西安市内観光

西安市

西安の古称は長安である。黄河流域の関中(渭河盆地)平野の中部にある。
西安市の北に渭河(いが)が流れていて西の港口鎮で黄河に合流する。
陝西省(せんせいしょう)の省都。人口約830万人。海抜約400m。温帯大陸性気候。
6月の平均最高気温31.2℃。平均降水量54.4mm。
中国西部最大の都市。

西安からローマまで約15,000㎞、シルクロードの起点であり終着点でもある。
シルクロード(絹の道・絲綢之路)は、ユーラシア大陸を東西に結んだ歴史的な国際交易路である。
2007年4月中国政府は、シルクロードの起点は長安(西安)でなく洛陽であると認定した。
欧州側起点は、シリアのアンティオキアという。

日本は唐代の東西交通路の終点・平城京を「シルクロードの東の終着点」と呼んだ。
また明治時代に絹織物を輸出するため横浜から八王子までを「絹の道」と呼んだ。

西安市観光地図 上部の長方形部分が城壁
  
西安咸陽(かんよう)国際空港は、市街地から約40kmのところにある。
現在、新ターミナルビルが建設されていて、
飛行機は、空港の端を大回りしてターミナルビルに着く。

西安咸陽国際空港

西安市内には、たくさんの歴史遺跡があり短時間では見切れない。
1日しかバスで西安市を観光していないが、西安市は古都であり大都会であった。
遺跡規模の大きさに驚いた。そして新宿と同じような高層ビルの建設ラッシュであった。

西安皇城豪門酒店(Grand Noble Hotel)からの展望

  大雁塔7層からの展望1
  大雁塔7層からの展望2
  大雁塔7層からの展望3
   左奥の高層ビル:クラウンプラザホテル西安(西安皇冠暇日酒店)
西安で一番高いビル、51階建て、228m。
あちこちで 建設中の集合住宅

 警察車両
 ガソリンスタンド(中国石油) 約90円/L
 西安皇城豪門酒店の食事付き歌舞ショー パンフレット(表)

 西安皇城豪門酒店の食事付き歌舞ショー パンフレット(裏)


西の城門(安定門)

西安の城壁は、明代の1378年のもので、高さ13m、幅12m、周囲13㎞長方形、レンガ造りである。
西安の城壁で西門が一番大きい。この門は、西域(さいいき)の始点と言われている。

西安の城壁図

安定門
JTB旅物語参加者(17名)+添乗員+ガイド 西の城壁・安定門の城楼を背景に記念撮影

 城壁の上は幅12mあり車が4台並走できそう。
規模の大きさにびっくり。唐代の方がもっと大きかったらしい。

 西の城門から北の城壁端は霞んで見えない。
 城壁の上へ急階段を登る

 城壁の中庭

 城壁の煉瓦

 城壁の中庭にあった井戸

西の城壁から城壁内の街を望む(東側)

「鼓楼」 時を告げる太鼓を打った
西大街北院門の南端に位置する
開遠門跡の公園 
大慶路にあるシルクロードをテーマにした石像
シルクロードの起点、最近造られた

シルクロードの起点 公園入口で太極拳をしている市民を見た。

大雁塔

西安の中心街から西南へ約20分のところにある。
大慈恩寺の境内に大雁塔は柱無しの黄土煉瓦で造られている。
大慈恩寺は、唐の三代皇帝高宗が、母の供養のために建立した。

大雁塔は、玄奘三蔵がインドから持ち帰った膨大な教典を保管するために652年に建立された。
玄奘三蔵は、その持ち帰ったサンスクリット(梵語)で書かれた教典を漢訳した。

大雁塔 7層64m

 大雁塔入場券 30元

 Big Wild Goose Pagoda

 大雁塔

 大雁塔出入口は、この門の右側面にある。
最上階7層まで、248段の階段を登る。

 大雁塔7層からの展望、中央広場に玄奘三蔵の像が南(インド)に向かって立っている。

 大雄宝殿の仏像

大雁塔は西北方向に傾いて建っている。
原因は地下水の汲み上げだという。現在傾きは止まっている。
西安市内には小雁塔もある。
玄奘三蔵が西域旅行中、道に迷った時、大と小の2羽の雁に助けられたので
その恩に報いるため大と小の雁塔を建てたという。

秦始皇帝兵馬俑

秦の始皇帝の近辺を守る近衛兵の兵馬の姿をそのまま地下に造った。
兵馬俑坑の建設は始皇帝による中国統一(紀元前221年)から死ぬ(紀元前210年)までの約10年間だと推定されている。

西安市より東へ約36kmのところにある。

始皇帝の兵馬俑が発掘されたのは、約2,200年後の1974年のことである。
近くの集団農場の楊さん達数人が井戸を掘ろうとして偶然見つけた。
20世紀最大級の考古学上の発見であった。
秦始皇帝陵の一部として1987年、世界文化遺産に登録された。

発掘者の1人、楊さん  土産店で本を販売し署名していた。
秦始皇帝兵馬俑博物館
秦始皇帝兵馬俑博物館までの約1㎞は電気自動車で行った。
帰路は炎天下の木陰を徒歩

 兵馬俑の1号坑 手前側に修復された兵馬俑が並んでいる。
東西に伸びる長方形で長さ230m幅62m深さ5m、
総面積は14,260㎡、3つの俑坑の中で最大である。
兵馬俑の発掘数は八千数百体にものぼる。
兵士の(墓中に入れる木、土、、金属の人形)にはどれ一つとして同じ顔をしたものはない。
秦の軍隊は、さまざまな民族の混成部隊であった。

兵馬俑坑
平地に深さ約3mの坑を一定間隔で櫛状に掘った。
この壁の周りに木杭を打ち込み囲んだ。
坑の床にレンガを敷き詰め、兵馬俑を置いた。
坑の上に丸太を並べて棚木にした。
その上にカヤツリグサを敷き、葦を被せ、その上に2mの土を載せた。
長い年月の間に、構造物が腐食して雨水や土が坑に入り埋もれた。

 兵馬俑の1号坑  修復中の兵馬俑   発掘中と発掘しないところがある。
現在、兵馬俑に彩色された顔料の退色を防止できないから発掘しないらしい。
  
 兵馬俑の1号坑  修復中

兵馬俑の2号坑

2号坑通路に展示されている兵俑

2号坑通路に展示されている兵俑


兵馬俑の3号坑  未整備の兵馬俑

兵馬俑の3号坑 

文物陳列館の銅車馬
秦始皇帝が巡行するさいに使用された車馬(馬車と馬)を銅で製作した。
兵俑の持っていた青銅長剣にクロムメッキがされているのが判り、
当時どのようにして造ったかはまだ謎とのこと。

秦俑博物館(The Terra Cotta Army Museum)の売店 (15cm位の兵俑 約100元)

秦の始皇帝陵

兵馬俑から西に約1.5㎞のところに秦の始皇帝陵がある。

左:秦始皇帝陵            右:兵馬俑

 秦始皇帝陵 博物館入口
 驪山園(りざんえん)

 指さしているところが秦始皇帝陵  
(現在は上まで登れない、以前は登れたという)

 秦始皇帝陵の世界遺産を記念した岩の前で1枚撮影

 秦始皇帝陵 博物館入口駐車場で春小麦の乾燥作業
駐車場を使っていいのかな~

青龍寺遺跡

青龍寺は、空海(弘法大師)が遣唐使船に乗り長安に来た2年間(804年~806年)、
恵果から真言密教を学んだ寺である。
観光客のほとんどが日本人という。
西安市街の南郊外の丘の上にあり展望が良い。

 空海記念碑
四国四県が1982年に建て寄進した。
四隅の丸い置物は四つの県を表している。

青龍寺の壁にあった空海の肖像画


青龍寺の入場券(参観券)
第0番札所と印が押されている。

四国遍路は1番札所から88番札所までの88ヶ所だが0番札所は、空海が学んだ青龍寺である。
四国88ヶ所巡りした人は、0番札所があると判れば訪ねてみたい寺になるかも知れない。

0番札所の石碑