2017年12月9日土曜日

「インド八大仏跡巡りと三大仏教美術館13日間ツアー」インド旅行メモ、2017年11月6日(火曜)成田出発、7日(火曜)コルカタ市内観光

2017年11月6日(月)~18日(土)
株式会社ユーラシア旅行社
「インド八大仏跡巡りと三大仏教美術館13日間ツアー」

ガンジス川の夕日 


旅行費用:¥318,000
渡航手続手数料:¥5,940
査証代(インド):¥1,550
査証代(ネパール):¥3,000
査証写真代:¥1,620
海外旅行保険(AU損害保険会社)13日間、治療・救援費用5,000万円他:¥6,295
空港宅配便(株式会社JALABC)往復:¥4,490        
合計:¥340,895

成田・デリー便:Air India AI307便 11/6(Mon)11:30--18:00
デリー・コルカタ便:Air India AI022便 11/6(Mon)21:15--22:20
デリー・成田便:Air India AI306便 11/17(Fri)21:15--11/6(Mon) 8:00

申込日:2017年8月15日
参加者:9名 56歳から79歳までの定年者と夫婦、何度もインドに来ている方々
添乗員:椎野巴菜、26位の女性
現地ガイド:ARORA(アローラ)、シク教徒、67歳

八大仏跡:

1.生誕(ルンビニー)
2.成道(ブッタガヤー)
3.初転法輪(サールナート)
4.入滅(クシーナガル)
5.ラージギル(王舎城跡、竹林精舎跡
6.ヴァイシャーリー(広巌城跡)
7.サヘート・マヘート(祇園精舎跡・舎衛城跡)
8.サンカーシャ(仏陀が天界に3ヶ月間過ごし、亡くなった母に説法した後、  
         帝釈天と梵天と一緒に梯子から降りて来たという)




この「インド八大仏跡巡りと三大仏教美術館13日間ツアー」には、
下記の博物館、観光地、関連施設、ストゥーパ遺跡があった。

1.コルカタの「インド博物館」
2.サールナートの四獅子柱頭の博物館
3.パトナーの「ビハール博物館」
4.アグラの「マトゥラー考古学博物館」
5.デリーの「国立博物館」
6.ヒンドゥー教最大の聖地「ベナレス」
7.コルカタのマザー・テレサゆかりの「マザーハウス」
8.シク教のシタルナジ寺院
9.ヴィクトリア記念堂
10.サールナートの「ムルガンダクティ寺院」
11.ダメクストゥーパ遺跡群
12.ブッタガヤーの「マハーボディ寺院」
13.ナーランダ佛教大学跡
14.竹林精舎跡
15.鷲山(りょうじゅせん)
16.スジャータ村
17.尼蓮禅河(にれんぜんが)
18.パトナーの大ホール跡
19.レリックストゥーパ遺跡
20.アーナンダストゥーパ
21.アショーカ王石柱
22.世界最大級のケサリアストゥーパ
23.クッカルムッタ河
24.ニルヴァーナ寺院
25.ラマーバルストゥーパ
26.ティラウイラコット(ネパール側、インド側)
27.マヤデヴィ寺院
28.  ピプラハワ
29.  ガンワリア
30.祇園精舎「平和の鐘」
31.ガグラー河
32.ラウナウ市内
33.アグラの「タージマハール」


インド旅行メモ 

2017年11月6日(火曜
秋川駅(5:56)から成田、ニューデリー経由で約22.5時間掛かって、
やっと現地時間で午前1時にコルカタのホテルに着いた。
秋川駅前 5:42

成田空港第2ターミナル3階出発ロビー北団体カウンター 9:25
参加人員9名

Air India AI 307便 11:30発

デリー空港ロビー (トランジット) 17:56
AI 022便にて
デリー発20:15 ー コルカタ着22:20
コルカタ上空 22:15


コルカタ空港 現地ガイド:アローラさん 23:14

宿泊ホテル
HOTEL HINDUSTHAN INTERNATIONAL
ヒンドゥスタン インターナショナル ホテル

以下記載内容は、
株式会社ユーラシア旅行社店添乗員椎野巴菜(はな)さんの記録・日記
及びインターネット情報を参照している。

ブッダ(仏陀)の呼び名について
本来ブッダは「目覚めた人」という意味。
仏教の創始者であるブッダの本名は「ゴータマ・シッダールタ」である。
また、釈迦、釈尊とも呼ばれるが、釈迦とはブッダの出身である
サーキャ族のことで「力ある者」という意味。
釈尊は「釈迦牟尼世尊」の略。
このブログでは、ブッダの呼び名を適当にバラバラに使っている。


2017年11月7日(火曜
コルカタ市内観光

1.マザーハウス
1931年、マザーテレサはマケドニア・スコピエからカトリック教会の
修道女としてダージリンに赴いた。

1927年~1947年、カルカッタ(コルカタ)の聖マリア学院で地理と歴史を教えていた。
そこで貧しい人々のための活動のため路上で行く当てなく死んでゆく人の多さに驚き、
1950年カルカッタのスラム街に「神の愛の宣教者会」を設立した。
活動としてヒンドゥー教の廃寺院に「死を待つ人々の家」という
ホスピスや児童養護施設を開設していった。
1979年、ノーベル平和賞を受賞(受賞理由:長期間に渡る献身的な働きにより、
苦しみの中にいる人々に安息を持たらした)。
1980年、バーラト・ラトナ賞(インド国民に与えられる最高の賞)受賞。
1983年、エリザベス女王から優秀修道会賞受賞。
1996年、アメリカ名誉市民。1997年9月5日コルカタで87歳没。
マザーテレサ
雑踏するコルカタの市街地にある「マザーハウス」教会に
マザーテレサが寝泊まりしていた部屋やお墓を訪ねた。
マザーハウス

2階にあるマザーテレサの部屋

マザーテレサの寝室

マザーハウスでのミサ

2.シタルナジ寺院
コルカタ最古の1876年設立、豪華な大理石とモザイク、ステンドグラスで出来た
ジャイナ教のスタルナ寺院。
イギリス植民地時代に建てられた。
ジャイナ教:生物を殺さないようにするという厳しい宗教のため、
土の中にいる虫も殺してはいけないので農業も出来ない。
これにより商人になる人が多く裕福な人が多い。
ジャイナ教のスタルナ寺院

3.コルカタ市街地の喧騒
コルカタは狭い市街地に夜人口1200万人、昼人口1800万人、
物凄い雑踏で道路も交差点も車や人がいっぱい。
交通信号があっても無いように人や自転車、オートバイ、オートリキシャ、自動車、
人力車、荷車そして牛や豚、犬が動き回り、
くねくねと警笛をビービービーと鳴らして埃だらけの街を走り回っている。
無秩序のようで何かルールがある様に少しでも隙間が有れば我先にと割り込んでくる。
今、事故が起きないのが不思議!
何処からこんなに人が湧いてきているのか不思議!
コルカタ市街の渋滞

コルカタ市内の人出
何処からこんなに人が湧いてきているのか不思議!
オートリキシャの走り回る市街地と路面電車の線路
4.ヴィクトリア記念館
1902年、英国のヴィクトリア女王の死去後に記念としてモイダン公園に設立された。
ヴィクトリア女王の像は右手に杖(裁判の象徴)、左手に地球儀を持っていて全世界を
掌握しているとの意味がある。(株式会社ユーラシア旅行社の資料による)
ヴィクトリア女王の像とヴィクトリア記念堂
5.インド博物館
仏教三大博物館の一つ。1814年完成。コロニアル様式の建物。
多くの古い仏教関連のあるインド博物館を訪れた。
紀元前3世紀ごろのバールフットの塔門
バールフットの塔門 観音像

ギリシャ美術の影響を受けたガンダーラ美術の仏像
特徴としてギリシャ系の顔つき、髪や左ひざが出ている。
赤砂岩のマトゥラー美術の仏像は右ひざが出ている。

ギリシャ美術の影響を受けたガンダーラ美術の仏像
TARA 
6.ガンジス川散歩
ガンジス川のほとりにもたくさんの人がいて何をしているのか分からない、
ガンジス川の沐浴場で右手を川につけると少し生暖かく人肌を感じた。
ガンジス川の夕日がきれいだった。
ガンジス川の夕日を見て夜行列車に乗り込んだ。

沐浴するガート

ガンジス川の夕日 1990年に完成した橋
この地区はフーグリー地区と言われているのでフーグリー川とも呼ばれている。

7.コルカタからベナレスまで寝台夜行列車で移動
コルカタのハウラー駅から夜行列車は、例外的に定刻に出発してベナレスのムガールサライ駅にインドの時刻表より30分早く10時間で着いた。
コルカタ ハウラー駅

12311号寝台列車

左右2段式寝台列車 狭い車内


ベナレス観光へ

2017年11月8日(水曜) ベナレス観光


2017年11月8日(水曜)
ベナレス観光


1.ベナレスのムガールサライ駅に午前5時45分に着いた。
ムガールサライ駅

ムガールサライ駅

2.ムルガンダクティ寺院
ムルガンダクティ寺院
スリランカの僧侶・ダルマパーラが建立
お釈迦様の一生の壁画を描いたのは日本人画家・野生司香雪

3.サールナート(鹿野苑) 「初説法」ダメクストーパ遺跡

仏陀が6年間の苦行を辞めてブッダガヤで悟りを開いた後、
苦行を共にした仲間たちに真理を語ろうとこの地を訪ね、
初めて5人に説法(初転法輪)したところ。


ダメクストーパ遺跡 


ダメクストーパ遺跡にて

ダメクストゥーパ遺跡群

アショーカ石柱

プラークリット文字

その遺跡群に前3世紀のアショーカ石柱の柱頭4頭のインドライオンの石像が見つかり
インド国章になっていて、お札にも描かれている。
お札の左下隅に4頭のインドライオンの石像  右側:マハトマガンジー

サールナート 初めて説法(初転法輪)した場所
ダメクストゥーパ
4.CHAUKHANDI STUPA
CHAUKHANDI STUPA

5.
礼拝(プージャー)
夕方、ガンジス川の沐浴場で毎日ヒンドゥー教の礼拝(プージャー)があると言うので
オートバイリキシャ(3輪車)に乗って行った。

ホテルから沐浴場までのリキシャに乗る

ホテルと沐浴場はリキシャ(3輪車)で往復したが生きた心地がしない程の無謀運転で、
とても狭い道に人、犬、牛、バイク、自動車、乞食、飛び出した屋台のところを
カーレース並みの運転裁きで対向車線にも飛び込み警笛を常に鳴らしながら
暗くなった道を突っ込んでいく。

沐浴場の階段

礼拝(プージャー)
物凄い人出と野良牛の徘徊、階段に多くの牛糞が落ちていて大音響の音楽と沢山の鐘の連打そしてお祈りの言葉、炎の演出にびっくり。

礼拝(プージャー)


2017年11月9日(木曜)
ベナレスからブッダガヤへ

1.ガンジス川の沐浴風景
翌早朝、昨夜と同じガンジス川の沐浴風景をボートから見た。
ヒンドゥー教の聖地、ガンガーに日は登りヒンドゥー教の人は必ず一生に一度は、
ガンガーで沐浴し身を清める。
沐浴場のそばに火葬場が有り薪で遺体を数体燃やしていた。
その遺骨は、1年後にガンガーに流すのでヒンドゥー教には墓がない。
ガンガーで沐浴している人々のところを野良犬の死体もゴミも火葬場の焼いた炭も
願い事をした花灯篭も流れている。
ガンガーは人生そのもの全てを流している。
憲法では無くなったはずのカースト制による仕事の差、貧富の差、
そして宗教の違い、言語や文字の多さ、その中で皆今生きている。
彼らを見ていると生とは何か?生きる目標は?
寒くないから生きて行けるのか?努力は?
乞食や瞑想している人はその日暮らしなのか?
日本の水準に成るのはいつか?
全てを受け入れてインドの時間は、流れているように感じる。
仏陀の悟りとは何か?
足るを知るか?四苦八苦の解消はどうするのか?
煩悩が多く悟れないのが私なのか?ベナレスで感じたこと。

ガイドのアローラさんから素焼きの器に入ったマサラチャをご馳走になった。
右:ミルク入りマサラチャ
マサラチャ屋

ダーシュシュワメードガート(昨夜の沐浴場)からボートに乗った。
沐浴場、ボート乗り場
ボートに乗り込み

花灯籠売り

花灯籠

ダーシュシュワメードガート

ガンジス川沿いのガート(沐浴場)

現地ガイドアローラさんの説明

ペンション「久美子の家」

沐浴場で洗濯

ボートの船頭

ハリシュチャンドラガートの火葬場

南インドの人が多い沐浴場
「ガート」と呼ばれる沐浴場は、インダス川流域に約80か所ある。

インダス川流域に約80か所あるガートの一つ
ガンジス川南下

花灯籠に点火

ガンジス川に灯籠流し
ボートの上から購入していた花灯籠に火をつけて「無事に旅行が出来るように」と
願い事をしてガンジス川に流した。

ガート対岸で遺骨をガンジス川に流す
遺骨は約1年後に、ガンジス川に流される。
遺灰を流すと輪廻からの解脱が得られると信じられている。

ガンジス川を南下

ガンジス川のボートにて

古くから使われているマニカルニカーガートの火葬場
燃料の材木置き場
ガンジス川北上 マニカルニカーガート周辺

マニカルニカーガートの火葬場

マニカルニカーガートの火葬場周辺

ガンジス川の朝日 霧かスモッグで霞んでいる

ガンジス川に向かって瞑想している行者

ガンジス川で洗濯

ガンジス川岸に立ち朝日に向かって瞑想

沐浴する婦人たち
ガンジス川は川そのものが神格されていて、川で沐浴すれば全ての罪が清められ、
遺灰を流すと輪廻からの解脱が得られると信じられている。
修行中の行者?

新鮮な野菜がたくさん並んでいる

野良牛がうろうろ
牛はシヴァ神の乗る「ナンディン」で神聖な動物(乳白色の牡牛)
ダーシュシュワメードガート沐浴場周辺

野良牛がうろうろ

野良牛が道路を我が物顔にうろうろしている

我々を交通整理して歩きやすく案内している変わった聖人?


ガンジス川を北上して、ペンションを経営している「久美子の家」を見た。
そしてハリシュチャンドラガートの火葬場で
2基で火葬していて炎と煙が立ち上っていた。
折り返して南下して古くから使われているマニカルニカーガートでも火葬していた。
火葬場で燃やした後の灰や燃えカスはガンジス川に流される。
遺骨は約1年後に、同じくガンジス川に流される。


2.ブッダガヤ
お釈迦様が悟りを開いた地

ベナレスからブッダガヤへ275km

ベナレス駅周辺
ベナレス駅周辺
トイレ休憩 
女子はガソリンスタンドのトイレへ、男子は青空トイレ
バスが高速走行すると車内が電気マッサージ機のように振動する。
とてもうるさいのでノイズキャンセラーのヘッドホンを装着して音楽を聴く。
あちらこちらで道路拡幅工事中
ブッダガヤに到着
マハーボディ寺院参道
マハーボディ寺院入り口
ゴータマ・シッダルータは、BC463年ルンビニで王子として誕生した。
栄華と苦悩の少年時代を過ごす。
BC447年、結婚して男子が生まれる。後に仏陀の10大弟子になる。
BC434年、生老病死などの苦しみから解脱するため29歳で出家して苦行生活を送る
苦行林にて6年間の過酷な苦行するが、苦行では悟りを開くには至らないと考え、
飢え死寸前までに衰弱した身体で修行場の前正覚山から降りて尼蓮禅河で沐浴をして
木陰で休んでる居た。
樹木の聖者と思ったバラモンの娘(結婚して樹木に願いをかけて男の子が生まれた)が
お礼として痩せ細ったシッダルータ乳粥を喜捨して元気付けた。
その後、世界遺産になっているマハーボーディ寺院の背面にある
ピッパラ樹(後に悟りの樹を意味する菩提樹と呼ばれた)の所で7日間瞑想し
35歳(BG428年)で悟りを開いた。
シッダルータ王子は、「目覚めた人」を表す「仏陀」の名を授かった。
35歳から80歳まで布教活動を行った。
BC383年、クシナガルにて80歳で涅槃に入った。

仏陀の言葉(口伝で伝わっていた律・経・論)は、
BC100年ころに初期仏典スッタニパータに記された。

マハーボディ寺院
この寺院は紀元前3世紀ごろアショーカ王が建立したと言われている
マハーボディ寺院の本堂に金箔を貼った仏陀が鎮座していた。
中で写真を撮ることができないので外から大勢の人のいるところから
撮ったのでぼけてしまった。

マハーボディ寺院の裏側にお釈迦様が7日間瞑想した菩提樹
マハーボディ寺院の菩提樹
菩提樹の前で瞑想している
お釈迦様が瞑想していた場所(扉の内側)

菩提樹の前で大勢の人が瞑想している
初代の菩提樹はなくなり、スリランカかの寺から移植された
今の木は4代目と言われている
大勢の観光客が来ている

お釈迦様が各7日間瞑想した6か所は、①菩提樹の下、②本堂横の塔、
そして第3週目の菩提樹と塔を往復した回廊歩き、
④5色の光が差し込んだ池、⑤蓮池、
⑥ミャンマーの僧侶に髪の毛をあげたところ。
現在ミャンマーの標高1,100mのチャイティーヨー山のゴールデンロックの上の
パゴダに髪の毛が納められている。
瞑想していた僧侶
お釈迦様が沐浴したという場所
回廊南側からのマハーボディ寺院


ロイヤルレジデンシーホテルにて夕食