2020年3月8日日曜日

南インド2月21日成田からチェンナイへ

第1日目 秋川・成田空港・チェンナイ国際空港
秋川駅 エレベーター設置工事中 始発電車5:29に乗車 5:16
立川駅 成田エクスプレ3号 6:12
新型コロナウイルス対策でマスク着用
 立川発6:04 成田エクスプレ3号 成田空港着7:56
空席が多い、秋川駅から4700円
成田空港 出発ロビー 8:19
待ち時間があったのでクレジットカード会社ラウンジ
ビジネス&トラベルサポートセンター(TEIラウンジ)」を利用した。
ゴールドカード保持者は無料だが同伴者は1人当たり1,100円であった。
成田空港 47番ゲート 10:17
成田空港   10:57
Narita 11:10 (ANA NH825) 17:45 Chennai
4,017miles=6,463km、 飛行時間約9時間

NH825機内 10:58
マスク着用者が多い
成田空港 11:37
千葉県沖 11:57
機内食は「タンドリーチキンカレーとナンパン(コーンロールスローサラダ)であった。
B787型旅客機の電子カーテン
窓の覆いが物理的なブラインドではなく、液晶シャッターを使用しているので
下のボタンを押すだけで外光が段階的に調整できる。
チェンナイ国際空港バス 18:54
気温約30度、時差3時間30分、チェンナイ国際空港は撮影禁止とのこと。
新型コロナウイルス対策で空港で防疫検査(個別の体温測定)に長い列が出来ていた。
空港でも市街でも殆どの人はマスクをしていない。
チェンナイ市街渋滞 19:29
The Residency Chennia到着 19:50
このツアーは女性が多いのでビックリ。
チェンナイ・成田にANAの直行便ができたからだそうで、
今、南インドが日本人に流行だとインド人ガイドが言っていた。
ガイドは休み無く働いているとも言ってた。
参加者19名
Watanabe親子4人、Watanabe親子3人、Sai親子、Kawamori夫妻、
Nishijima夫妻、Makino、Kaneko、Izumi、Takizawa、Nakamura、Saito、

現地ガイド:Dinesh Masiwai氏 50才(1970.1.30生れ)
Dinesh:太陽(Sun)の意味

The Residency Chennia 416号室からの眺め 19:58
4人で無事到着を日本から持参した「黒霧島」で乾杯。
 NHK WORLD-JAPANは受信していない。
22:00就寝

The Residency Chennia  
GooleMaps

チェンナイ:Chennai
1996年にマドラスMadras)から正式に改名された。
「南インドの玄関口」「南アジアのデトロイト」「インドの健康首都」
「インド銀行業の首都」の異名を持つ。
自動車産業、情報技術産業、ビジネス・プロセス・アウトソーシング業が盛んである。

南インドの東側コロマンデル海岸沿いの、
ベンガル湾に面するタミル・ナードゥ州の州都。
インド有数の世界都市であり、人口は468万人。
2011年の都市圏人口は867万人であり、同国第4位である。
2001年当時でも人口密度が24,682/km2、都市圏で5,922/km2あるように、
チェンナイは世界でも有数の人口密度が高い都市である。
2001年から2011年の人口増加率は7.77%であった。

チェンナイの主要民族はタミル人であり、最も話されている言語はタミル語である。

チェンナイの名は16世紀のある英雄の名前に由来する。
1580年、ゴールコンダ王イブラーヒーム・クリー・クトゥブ・シャーが大軍を
ヴィジャヤナガル王国に派遣してきた。
ダーマルラ・チェンナッパ・ナーヤカはこの一大侵攻を食い止めるため、
ゴールコンダの大軍と奮戦し、自らの命と引き換えに撃退して王国を守ったのだった。
後を継いだ息子のダーマルラ・ヴェンカタ・ナーヤカは王国の忠臣だった父の死を
悼んで、父の名の一部「チェンナッパ」をとって、
この地を「チェンナッパッタナム 」と名付けた。
それがこの都市の名の由来で、のちに「チェンナイ」とよばれた。

1639822日、イギリス東インド会社がダーマルラ・ヴェンカタ・ナーヤカから
その中間の土地を取得し、1640年にセント・ジョージ要塞を建設し、
チェンナイから「マドラス」と改名した。

チェンナイの宗教
宗教
パーセント
ヒンドゥー教
84.3%
イスラム教
7.9%
キリスト教
7.6%
ジャイナ教
1.1%

ヒュンダイ、フォード、日産自動車といった自動車メーカーと
その関連企業が進出している。
インド最大のタイヤメーカーであるMRFタイヤの本社も同地に所在する。